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 ★トレーニングのヒント (鈴木 彰)  目 次 へ
 

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​ 030~041(2000.9.1~11.17配信) 「調整」

  今回からしばらくの間、「調整」についてのお話しをしていきたいと思います。駅の時計なんかですと「調整中」というのは故障してやがるのと同じ意味のようですが、ランナーの調整はちょっと、いや、だいぶ違います。

 そもそも「調整」っていうのは何かといえば、レースに合わせて体調を整えていくことなんですね。そういうと、しっかりご飯を食べて、ゆっくり寝て、ビールも少々控え目に…ってことも確かに大事なことではあるのですが、ここで言う「調整」というのは持ち得る能力を如何なく発揮するために調子を上げ
ていく練習方法のことをいいます。「ヘー、そんなことができるの?」って、出来る人もいれば、出来ない人もいるのが実情です。


 私は高校時代、テニス部のご学友から「陸上はいいよな、いつ走っても同じだからな、テニスなんかよぉ、その日の調子によって全然違うんだぜぇ!」なんて能書きタレられたことがありましたが、そう言われるまで、テニスなんかいつやっても同じだと思っていました。陸上競技の中でも、砲丸投げなんかは
いつ投げたって、だいたい同じ所へ落ちるんじゃないかって気がどうしてもします。さすがにこれは、そうじゃないってのは何度も事実を目の当たりにしているので知識としては理解していますが、感覚的には未だにそういうのがあります。

 プロ野球なんか見てると、清原が打てないとか、松坂にキレがないとか、調子の波というものがあることが素人目にもよくわかりますよね。なんでわずか数日でそんなに体調がかわっちゃうんだろうってのもありますが、人間の身体ってのは、そういうもので、だからこそ調整が必要なわけです。そして言うに
及ばずランニングにも調子の波はあります。

 なんで一生懸命トレーニングをしているのかと言えば、力をつける、つまり必要な能力を向上させるためにやっていることになるわけです。ほんじゃあ、力があれば、必ず勝てるのか、タイムが出るのかって言われれば、それはそうとも言えません。力があっても、それを発揮できなければ仕方がないわけです
ね。それじゃあ、力を発揮できるか、できないかは何にかかっているのかといえば、それはもう、運がいいか悪いか…って、そういうものでもありません。

 
 それでは「調子がいい」というのはどういう状態なんでしょうね。調子がいい時、悪い時ってのは確かにありますよね。「いや、私はいつも調子がいい」とか「調子の波がないんだ」って言ってる人もいるようですが。

 仮に調子の良し悪しをを1〜10の10段階で評価すると、だいたい今日は調子いい、と思っているのは、いいところ7くらいなものでしょう。普通に走れて6、ちょっと調子悪いな、ってのが5といったころです。アスリートになると、もっと調子を落として4以下になったり、調整が上手く行って8とか9
以上に上がることもあります。本来、調子というのはそういうもので、トレーニングのやり方によって、上にも下にも大きくブレるものなのです。市民ランナーの皆さんの場合は、けっこうお決まりの枠の中でやってますので、下ブレする危険性はないものの、ちゃんとした調整の仕方もわからないので上にブレ
ることも少ないようです。そういうことで常時5〜7当たりを行ったり来たりしてるんで、調子というものに対して無頓着になったり、6〜7あたりで定着していると「いつも調子がいい」といったような錯覚を起すことがあるようで
すね。

 調整法、調整のためのトレーニングってのは、マラソン王国ニッポンで最も立ち遅れている部分です。それが「本番に弱い」と言われる所以でもあります。はい、コレコレこうですよって割り切ってお話しできない難しさもありますので、しばらくの間は、そのノウハウだけでなく、調整"論"一般について進めて
行きたいと思います。

​ ※ ※ ※


 レースの結果・タイムの良し悪しを決める要因は何なのか!…と言うと、まず第一が「実力」。当たり前ですね。それでは「実力」のある人は、いつでもどんな時でもきっちり相応のタイムを出すのかといえばそうとも限りません。
 二番目、三番目の要因がそこにあるからです。そう、第ニの要因はこれからのテーマ、その時の「調子」です。そして三番目は何だと思いますか? 運?それも近いといえば近いですね。はい、それは「気候」という外的なコンディションです。

 さて、この「実力」「調子」「気候」を、それぞれ10点満点で評価するとその時のタイムは

       実力(10)×調子(10)×気候(10)  

の1000点満点のスコアで表すことができます。うーん、何ていい加減な考え方でしょう。まぁ、いいや。だいたいのイメージで捉えてくださいね。
 人類の可能性を考えると、高橋尚子選手やロルーペ選手が絶好調で、2時間20分を切るような走りをした時が、だいたい7〜800点くらいなものでしょうか。
 仮に実力が5くらいの人が、7くらいの、まあまあ調子がいい状態だったとします。そんでもってその日がちょっと涼しい、コンデションが8、ってことにすると、この日のタイムは、5×7×8=280点!上には上が、下には下がいることを考えると、サブスリーレベルがだいたいこんなものでしょう。
 
 結局、「実力」=トレーニングの成果だけでは結果はわからないということですね。「気候」の良し悪しは確かに仕方ないです。何年かやってるとムチャクチャ、コンディションの良い日にぶつかって、びっくりするようなタイムが出ることがあります。こういうのは、その時はラッキー!とか思っても、次ぎ
からの記録更新がキツくなります。

 まぁ、「気候」は運次第、「実力」の方は、1ポイント上げるのに何ヶ月も場合によっては何年もかけてトレーニングしていくわけですから、最後の土壇場で「調子」が1ポイント上下するだけで、どれだけ結果が違ってくるのかと考えると大変なことです。

 前号で指摘したように、この「調子」は低値安定の人が、高値安定状態であると思い込んでいる場合が多々あります。そういう人が、しっかりとした調整で体調を引き上げることができたならば、それこそびっくりするようなタイムを打ち出せる可能性があるということになります。

 ちなみに、もっと言えばコース条件やレース展開もこれに関係してきます。この2つを0.5〜1.0くらいで評価して、さっきのスコアにかけてみるといいですね。
 コーチ業やってると「力はあるんだけどなぁ…」ってボヤきたくなる選手がいます。レースに調子の合わない選手、レース展開の下手な選手などです。前者は調整の下手さ、後者は精神的な弱さや学習能力の無さ(同じ失敗を何度でも平気で繰り返しやがる)が主な要因です。

​ ※ ※ ※

 

 基本的に、調子の良い状態というのは、身体に疲労が残ってないということが大原則となります。しかし、そもそもトレーニングというのは、エイ、これでもか!これでもか!って、身体を痛めつけて、そこから回復することによって機能を向上させることが大原則ですから、大雑把な言い方をすれば、疲労の
残らないようなトレーニングには効果がないことになります。「疲労が残らないと強くなれない。」「疲労が残っていると調子が上がらない。」この2つの大原則に、どう折り合いをつけていくのかが、レース前の「調整」の難しいところです。

このことを別の角度から見ると、トレーニングが順調に推移している期間には、調子は上がらない、ということになります。力が向上することと、その力を発揮することとは別物であるのは、こういうことからも言えるのではないかと思います。

 更に具体的に言うと、強くなるためには一生懸命トレーニングをする。調子を上げるためには、トレーニングを抜くことが重要な要素になります。一生懸命走ることは得意な人でも、いざ、抜くとなると、なかなかこれが出来そうで出来ない人ってのは多い気がしますね。「抜き」は、疲労を取り除くためには
大切ですが、抜き過ぎれば力そのものを落としてしまいかねません。どこまでが適切な「抜き」なのかの判断ができるようになることが重要です。


 「何かの都合でたまたまレース前の1週間、思ったようなトレーニングができなかった。今回はダメだな…と思ったが、いざ本番を迎えるとやけに調子が良く、思わぬタイムが出てしまった。」こういうことってのは実際、結構ありますね。適度に疲労が抜けて調子が上がってしまったという、現象的には偶然
性が強いのですが、そのメカニズムには注目する必要がありそうです。
また、「妥協が入ってレース前3ヶ月、思ったようなトレーニングが出来なかった。まぁ、なんとかなるなるだろう…と思ったが、いざ本番を迎えると、途中で歩いてしまって自己ワーストを一挙に6分も更新してしまった」って、それは4年前の私です…。

 
 ちょっと弱っちい中学の陸上部の選手なんかは、ふだんチャンポランしてて試合の前の日なんかにあわてて一生懸命練習したりしちゃうものです。試験なら一夜漬けも効かないでもないでしょうが、この世界ではちょっとね…。

 ※ ※ ※

 「走らないと力が落ちてしまう不安」を抱えているランナーというのはきっと少なくないのでしょうね。市民ランナーに限らず、アスリート、しかもかなり高いレベルで競技している選手ですら、そういうことは良くあります。詳しくは知りませんけど、ピアノだとかバレエだとかの世界では、1日練習を休ん
だだけで、それを取り戻すのに何日もかかるような話をよく聞きます。それはランニングにおいても同じだよって言い切るランナーもいるようですが、正直言って、その説には根拠はありません。少なくても、たった1日練習しなかったくらいで、大きく機能が低下したり、技術を忘れてしまうような繊細さはラ
ンニングには認められません。良かったですねえ、大雑把なもんで。

 そうはいっても、いつまでも何もしないでいても、延々と力を保ち続けていられるほど甘っちょろいもんでもありません。やはり「やらなければ落ちる」―この大原則は間違いのないところです。そういうところでもって、「調整」の話が入ってくると、適度に休むと調子が上がり、休み過ぎても、休み足りな
くてもピークはこないって言う訳ですから、ややっこしいというか、面倒くさいというか、けっこう大変なもんです。この微妙な加減が、走るだけならナンボでも走ったるが、休むとなると、どうも…というマラソン王国がんばれニッポンの弁慶の泣き所となっているわけですね。

 「適度に休む」というのは、どういうことなのでしょう。それを一言で語ることができ、なんだ、そうか…って皆さんにご理解いただくことができるくらいなら、とっくの昔に弁慶の泣き所なんかにはなっていません。なんだ、またややっこしい話が始まるのか…って、はい、その通りです。

 ある研究によると、トレーニングを完全に中断することによる機能低下は、早い人で2日目から、遅い人でも5日目から始まるのだそうです。もちろん、この間にJogでも何でも少しでも加えることによって微妙に状況が異なってきます。「機能が低下しないうちに疲労が抜けるような休養の取り方をする。
尚且つ、競技力にシャープさを増すようなトレーニングを積む」―これが「調整」なのですが、ん、ん?そんな、なんでもかんでもいっぺんにやろうっちゅう、都合の良いことが本当にできるのでしょうか?―って言うと、はい、できます。いえ、やるのです。

 さて、トレーニングは個人差を重視して、その特性に応じて実施すべきであることは、今までにも散々、述べてきました。これが「調整」ということになると、ことさらに無視できなくなってきます。前述の機能低下の話をとっても2日と5日の違いがあっては、誰でも一緒って具合に十把ひとからげに語ることはできませんよね。ところがどっこい、集団で同じ調整をする。人と同じ調整をする。このようなことが何の問題意識も無く行われているところがニッポンの弁慶ちゃんなのです。

 調整期間中のポイントは、どのように休み、どのようなトレーニングをするのか、ということに尽きるのですが、よく考えてみると、このことはトレーニング全般についても言えることです。そのへんも含みながら次週から具体的な方法を考えていきましょう。

 ※ ※ ※

 

 シドニー五輪女子マラソン。本番2日前の記者会見(そんな時にやるなよ!)で、山口衛里選手が「調整は上手く行ってるが、あと1日残っている」という旨の発言をしていました。皆さんの調整方法はいかがですか?1日前とか2日前とかのこだわりって、しっかりあります?

 さて、調整に関しては「個人の特性」が重要であるということでしたが、今回はこのことについてちょっと考えてみましょう。「個人の特性」っていうのは、例えば「つまらないことですぐキレる。」「上には媚びるけど下には威張る」「金使いが粗く、いい歳して貯金も無い」とか、そういうことを言ってる
わけではありません。

 ここで言う「個人の特性」とは、身体における個人差のことです。その最も顕著なものとしては、人間、一人一人顔が違うとか、指紋が違うとかいったものです。こういうのは、あんまり当たり前過ぎて、そのことが「身体における個人差」なんていう難しい言葉に当てはまるということがピンとこないかもし
れません。でも、そんなところでも違うんだから、心臓だって、肺だって、太ももだって、ふくらはぎだって、理科室の人体標本と全く同じ形をしているとは限らないでしょ?あなたのお顔は人体標本と同じではないですよね?
 
 形状や大きさが違うのならば、いえ、たとえ同じようなものだとしても、その機能(能力)や特性が違うということは十分考えられます。機能の違いということであれば、多かれ少なかれトレーニングのように負荷をかけることで改善される、向上するってことはお分かりいただけことかと思います。それでは
特性は?っていうと、これがけっこう、生まれつきの部分が多かったりするので厄介です。

 さてこの厄介さの最大の問題は、誰もが皆、自分が「普通」だと思っていることです。自分自身の身体のある特性が、人間なら誰でもそうだと思い込んでいること。ところがこの身体の特性は人間の性格と同じように千差万別、十人十色のところがあります。「平均」は存在するかも知れませんが、「普通」は
存在しないのです。

 トレーニングにおいては、本来、この個人差を考慮して、一人一人的確な方法を選んでいかなければならないのですが、日本では集団トレーニングという方法が良くも悪くも根付いており、それが場合によっては(個人の特性によっては)非効率的な結果に終わっていることも実のところは少なくありません。
ほんでもって調整についてもこれは同じであり、ある特定の調整方法は、誰かにとっては非常に効率の良い方法であっても、他の誰かにとっては実力の発揮を遮ることにしかならないということも有り得るのです。

 たとえば疲れの抜き方についてですが、いざ、調整に入ろう、疲労を抜こうとして、Jogに移行するとします。それではいったい、どれくらい(何日くらい)Jogをすれば疲労は抜けると思われますか?また、どれくらいJogばかりしていると力が落ちてくると思われますか?

 まず実験的にトレーニングを2日間続けて軽いにJogしてみることにしましょう。そして3日目に通常のトレーニングに戻し、身体の状態を良く観察します。中には疲労が適度に抜け、脚が軽くなり、快調に走れるようになる人がいると思います。また、疲労は抜けた気がするけど、一緒に脚の筋力も落ちて
しまったと感じる人もいることでしょう。更には、脚は軽くなっていいんだけど、呼吸が苦しいって人も…。このような「症状」が、2日間Jogというものに対しての個人差からくる反応なんですね。決してみんなが同じようになるわけではありません。
 それでは今度は3日間Jogにしてみたら…更に良くなる人も、悪くなる人も、一転して良くなる人、悪くなる人が出てくることと思います。もちろん1日Jogでも、4日Jogでも同じことです。
 
 重要なのは、このようなことから自分の身体の反応パターンを知るということです。今の話だけでは簡単に思われるかも知れませんが、これは実際にはムチャクチャ大変なことです。と、言うのも、一口に2日間Jogといっても、その1日前にLSDをやっていた場合と、タイムトライアルをやっていた時と
では、3日目の反応が違うということがあるからです。更には、1週間前にインターバルをやったとか、2週間前に20キロ走ったとか、前月の月間走行距離が300キロだったとか、そういうこと全てが連鎖的に関わってきての昨日・今日の体調があり、そこからの調整であるということなのです。そんなこと
言ってたら無限大の反応パターンを考えなければいけないのか!ってことになるのですが、確かに厳密には、それに近いものがあります。無限大とは言いませんが、ちょっとやそっとで悟れるものではないんですね、これは。

 私が大学生を指導していた頃は、週に5日練習を見ていて、だいたいこの個別パターンを掴むのに早い場合でも1年半程かかり、中には4年間では見切れなかったということも少なくありませんでした。まあ、これは、いざという時に120%の力を出し切るために必要な調整法を取っていたからで、普通はそ
こまですることはないと思います。それでもJogに対する反応パターンくらいは最低でも掴んでおく必要はあるでしょう。

 調整期間の「走り過ぎ」「走らな過ぎ」で、せっかくそこまでのトレーニングで培ってきた力を台無しにしてしまうのは本当にもったいない話です。いろいろ試してみる、あるいは練習日誌を見ながらシミュレーションしてみるというのも良い方法でしょう。

 ※ ※ ※

 「最終刺激」

 「な・なんじゃ、そりゃあ…?」って方は読者の中で、どれくらいいらっしゃるんでしょうか。およそ陸上競技のアスリート(競技者)の99%以上にあり、そして市民ランナーの99%以上にないのが、この「最終刺激」または「最終負荷」という調整トレーニングの経験ではないかと思います。具体的な方
法としてはーいろいろあるんですが、例えば高校生が5000mの競技会に出場するような場合、そのレースの前日に1000mを1本、全力でタイムを取る、というようなものがあります。ぜんぜん知らないない方にとっては、ひゃあ!っていうような方法でしょ。

 この最終刺激(単に"刺激"ということも)数あるトレーニング方法の中でも極めて謎に包まれた部分の多い、不思議な調整方法です。というのも、いつから・どのような理由で行われるようになったのか、その経緯が不明で、更にはどのような効果があるのか科学的にはほとんど解明されていないという事実が
あるからです。それなのに日本中(海外ではどうか知りません…)ほとんどのアスリートが、かなり以前から当然のように実施しており、誰もがその有効性を認めています。「99%以上」というのも決して大袈裟な数値ではなく、昨日・今日始めた初心者ならいざ知らず、そこそこやってるアスリートで、そん
なの知らないよ・やったことないよって人にお目にかかるようなことはまずありません。それどころか試合会場でのアスリートの会話は「調子、どーお?」「うーん、最後の刺激がね…」てな風にやってるのが普通です。
 
 この最終刺激、なんだかとっても便利でおトクそうでしょ?確かにそうなんですけど、問題点もあります。というのも、なにしろ過去数十年間、ほとんど慣習だけでやってきてるので、どうするのが正しい方法なのか、キッチリ体系ができていないってことです。つまり、やるにはやってるけど、良く分からな
いから適当に…って状況が実際にはけっこうあるわけですね。

 不思議なのは、ほとんどのアスリートが取り組んでいるのに、ほとんどの市民ランナーが全く知らないということ。LSDにしろ、インターバルにしろ、走り込み、調整など、そういったこと全てに、両者の間にはレベルの差こそあれ、ほとんど共通認識があるものですが、これに限っては大きな溝があります。
そういうこともあって、この際ですから、アスリートの皆さんはきっちりと見直しをしてみることにして、そして市民ランナーの皆さんは、あらためて導入してみるというのはいかがでしょうか。

 前述した「レース前日に1000mを1本」というのは、最終刺激の中でも極めてオーソドックスな方法で、99%のアスリートのうちの99%にその経験があるのではないかと思います。そんなんですから、これこそが刺激と言われる唯一の方法であると考えている人は今でも日本中にたくさんいます。とこ
ろがどっこい、これが実は色々とバリエーションがあったりして、しかもそれが個人の特性に合ったやり方をしないと効果が薄かったりするものですから厄介です。

 最終刺激を考える場合には「距離」と「ペース」、そして、それを「いつ」(レースの何日前に)やるのかを慎重に検討して設定しなければなりません。「1000m」を「全力」で「前日」にやるというのは、その中から導き出された一つのパターンに過ぎないのです。それが、このパターンだけ普及しちゃ
って、ただ単に慣習的に行われているだけだと言える状況もあったりするわけです。「え!そうだったの?あさってレースなんで、明日刺激なんだよ!早く詳しく教えてよ!!」ってアスリートの方には申し訳ありませんが詳細は次号以降。

 ※ ※ ※

  なんだかよく分からないながらも「最終刺激」ってのが効果がありそうだってことになり、取り敢えず考えられそうなことはだいたい次ぎの通りです。
 「調整段階に入ると、疲労を抜くために練習量が減り、体調はどちらかといえば休眠モードに入っていく。ここで一発、"刺激"を与えることで、眠りかけている諸機能を一気に目覚めさせ、最大のパフォーマンスを発揮させる」と、まぁ、あえて理屈を付けるならば、取り敢えずこんなところではないかと思います。

 そんでもって、分からないなりに「刺激」の方法を定義付けていくと、これも取り敢えず「レースペースよりも速いペース」で行うことが原則となるようです。(あくまでも"原則"だということを覚えておいてくださいね。)レースペースよりも速く走るためには、その距離は当然、「レース距離よりも短い距
離」になります。(レース距離よりも長い距離でやれるものならやってみてください。)具体的な距離は追ってお話しします。

 「レースペースよりも速い…」といっても、どのくらい速く走ればいいのかは、非常に難しい問題です。これを「全力」とする人も少なくないのですが、そこまでの必要は無い・あるいは効果的でない・そうしないほうが良い、というような気もします。

 名ランナー瀬古利彦選手(現エスビー食品監督)は、マラソンの場合、前日に2000mを1本、確か5分35〜40秒程度での刺激を入れていたのではないかと記憶しています。普通の市民ランナーの皆さんからすると次元の違う速さでよく分からないかも知れませんが、瀬古選手にとっては10000mの
レースペースより少し遅いくらいなものですね。これを当時の瀬古さんのマラソンのレースペースから考えると、105〜110%程度の強度ということになります。なるほど、そんなところかなっていう感じですね。種目(レース距離)や競技水準(実力)を問わず、「全力で!」と言うよりは、このくらいの
水準の強度を意識した方がいいような気がします。

 「弱過ぎて刺激にもなんにもならなかった」という失敗は多いと思いますが、実は「強過ぎて」も失敗することが多々あるようです。集団走で刺激を入れているチームでは、主力選手は適度な強度でこれをこなしても、それに食らいついていった準主力選手にとってはオーバーペースでヘロヘロだった…ってこと
もあるようです。高校駅伝なんかでも3〜5番手あたりの選手に、本番に弱い・安定性に欠ける選手が多いというのも、実力もさることながら、こういう状況があるのではないでしょうか。

 刺激は「全力」で行うものである、と理由なく決めつけているケースは決して少なくないようですが、事前に強度=ペースを設定することは、他のトレーニング同様、いやそれ以上に重要な要素であると考えられます。

 刺激のお話も引っ張るうちに秋のシーズンは、どんどん進んで行きますね。

 ※ ※ ※

 "最終刺激"のお話、多くのランナーの皆さんに、強〜い刺激になっているようで、反響が大きいですね。うーむ、さもありなん。

 さて、前回は刺激の強度(ペース)についてでしたので、今回はその距離についてです。

 刺激の設定距離は、まずレース距離より短い距離であることが大原則。これはレースペースよりも速く走るためには絶対条件になります。それではどれくらい短いのかというと…けっこういろいろです。

 前回ご紹介した瀬古選手の例ですと、フルマラソンへ出場するのに、刺激が2000m。これは単純計算ではレース距離の21分の1の距離ということになります。しかし、これを1000mでやる場合も珍しくはなく、そうなると42分の1。また、10000mのレースに出るのに、3000mを1本とい
うこともあって、これは3分の1程度の距離ってことになっちゃいます。更には1500mの選手が1200mでやることなんかもあったりしますので、レース距離と刺激の設定距離とはダイレクトには結びつかないと考えた方が良さそうです。


 刺激の実施距離を決める際に重要なのが、それをレースの何日前に実施するのかということです。これは、刺激の効果の出現、あるいは刺激そのものの疲労の処理といったものを考慮してタイミングを計らなければいけないということになります。うーん、難しいですね。そう、刺激の設定は、ここのところが
一番難しいんです。何時やれば一番効果があるのか。これは理屈抜きに試してみないと分からないといった現実があります。ちょっとハズすと効果がないどころか、疲れだけ残っちゃって逆効果なんてことにもなりかねません。

 このタイミングには個人差があることもさながら、レースの重要度や、種目(レース距離)、そして体調によっても違いが出てきます。だからこそ、いろいろ試してみて自分の様々なパターンを見つけていかなければならないわけです。一応、典型的な形をいくつかあげてみましたので参考にしてください。


 ※1000m×1 1〜3日前 強度110%以上

 ※2000m×1 1〜3日前 強度105〜110%

 ※3000m×1 2〜4日前 強度100〜105%

  ・強度はレースペースを100%とした場合の速度比です。(秒速換算)


 この他にも、中距離の800mのレースなら600m、1500mや3000mのレースなら1200mといった距離を用いることもあります。また、ハーフマラソンやマラソンの場合、5000〜8000mといった距離で実施する場合もありますが、あまり一般的ではありません。ただし、中にはそういうのが一番合ってるっていう人も当然いるはずですので、はなっからパスしない方がいいですね。

 なんでもかんでも、ためしてガッテン!

 ※ ※ ※

  
 最終刺激 ― ここまでのお話で、一応はどんなもんで、どんなふうにやるのかは、なんとなくでもお判りいただけたのではないかと思います。「なんだ難しい、難しいって脅かした割にはたいしたことないな。」なんて思ったらとんでもない。ホントの難しさはここからです。

 なにしろ最終刺激は、それが本当に効果があったのかどうか、数日で結果がでちゃうもんですから、ごまかしが効かないと言うか、ただやっていることに満足してしまいがちな他のトレーニングメニューとは一味違うものがあります。

 「調整」というものを一生懸命考えれば考えるほど、ほとんどのランナーはその「定型化」を図ろうとするようになります。つまり大事なレース前の1〜2週間の練習の、必勝パターンをなんとか探り出そうとするわけです。このこと自体は悪いことではないのですが、「定型化」=「形式化」ではないことに
は注意しなければなりません。
 「定型化」は、大抵の場合、上手くいったレースの時のスケジュールの模倣から始まります。結果が一番良かった時をお手本にして同じ調整をやればきっとまた上手く行くだろう。― この発想は間違ってはいないのですが、単純に同じメニューを繰り返すだけで果たして同じ結果が出るものかというと…??
ですね。なぜ、その時は上手くいったのか。調整の前の段階でのトレーニングの進行状況がどんな状態であったのかは言うに及ばず、もっともっと奥の深い探求をしていかなければいけません。

 例えば、お手本では「1週間前に10Km」だったとします。この前段階でどれだけキッチリ走れているかによって、この10Kmという距離もペースも意味が違ってきます。また、それによって、この10Kmを実施した後の体調の波も違ってくるでしょう。にもかかわらず、さらに「4日前に1000mを
5本」なんていうお手本通りに倣ってみたところで、既に流れが変わっているのですから、この練習の結果もまた更に変わってきてしまいます。そんなんでこんなんで、ガンガン流れが変わってきちゃってるのに、頑なにお手本の丸写しを続け、最後に刺激を型通りに入れてみても結果は知れています「いつも通
り調整したのに…」そこそこのアスリートでもそう嘆く例は少なくありません。その単純な「いつも通り」がダメなのにね。

 トレーニングはなんでもそうですが、ある目的(達成すべきトレーニング効果)があって、そのための手段が日々のメニューであるわけです。ですからメニューに固執するように本末転倒しちゃあ、いけません。1日(1回)のトレーニングの内容やそれによる翌日以降の体調の変化をしっかり評価し、必要に
応じて微妙に修正していく―そういう姿勢が必要です。

 自動車の運転をする方はお分かりかと思いますが、(しない方は、テレビドラマなんかの運転シーンを思い起こしてください。)まっすぐな道でも、微妙にハンドルを左右に切りながら走りますよね。こういうことが調整段階では必要なんです。(トレーニング全てに必要とも言えますが―)まっすぐ走ってい
るつもりでも、少しのブレは付き物。このブレを微調整しながら進むのが当たり前なわけです。型通りのままでは、まっすぐな道でもガードレールに激突するのがオチでしょう。

 ほんでもって、その最後の締め括りが「最終刺激」。途中がブレていては、最後にどんなに頑張ってもあまり効果はありません。調整の「定型化」は悪いことではありませんが、定型するのはメニューの流れではなく、体調の流れだということを忘れないでください。そういうわけですから、この最終刺激も、
体調の流れに応じて、内容を変えて行く臨機応変さも必要です。

 ね、やっぱり難しいでしょ?

 ※ ※ ※

  青東(東日本縦断)駅伝、そして九州一周駅伝の季節ですね。

 郷土を代表するランナーが一堂に集う華やかさとは裏腹に、1週間に3回もの出走を余儀なくされる選手の負担は相当なものです。

 こういう大会では、普通、1本目よりも2本目、2本目よりも3本目の方が疲労が増し、だんだんヘロヘロになっていくだろうと考えられ、事実大抵はそうなのですが、物事はなんでも普通じゃないことが起こるものです。

 ☆フレッシュな状態のはずの1本目で大ブレーキ・最後はフラフラになって中継所に飛び込み、バタンと倒れ込む。・コリャ、ダメだ…。スタッフの誰もがそう思い、頭を抱えるものの、チーム事情からどうしてもあと1回走らせな
ければならない。・中1〜2日置いて、半分諦めムードの中、2回目の出走。・とにかくタスキだけつないでくれよ…。なんて思ってたら、ガンガン行っちゃって大快走してしまう。☆ こんなことが結構、頻繁に起こります。

 2日間連戦なんていうことのよくあるトラックレースでも、例えば「1日目の5000mで爆死したのに2日目の10000mは大快走だった。しかも、10000の5000の通過タイムは前日のそれよりも速かった…。」「初日5000mはラスト勝負で切れがなく敗退。しかし2日目の更にスピードラン
ナーが揃った1500mでは別人のようなスパートで逃げ切り優勝した…。」なんてことが…。

 このような現象を業界では「叩き」(たたき)と言います。あじやまぐろの話ではありません。「1本目で叩いたんで、2本目が良かった。」「5000mが叩きになって1500mが走れた。」というような使い方をします。


 お気付きのように、その形態は最終刺激のそれと似ているところがあります。おそらくは「叩き」という現象を意図的に調整の中に上手く取り入れることによって体系化されていったのが最終刺激なのでしょう。(根拠全く無し)

 しかし、最終刺激が非常に微妙なさじ加減で結果が大きく変わるのに対して叩きははっきり言ってムチャクチャ大雑把です。元々、意図的にやるものではないので、確実な効果を期待することには無理があるのですが、上手くいった時でも、その叩きとなるレースの距離もペースもなにも全部バラバラ…。叩き
そのものに体系はありません。あくまでも結果論です。

 科学的トレーニングがどうこう言っても、刺激はもちろん、叩きについてもちゃんと説明することはほとんどできません。しかし、そこにそういうことがあるという事実はどうしたって否定することができませんので、あるものはある、とするところが研究室と現場の違いです。

 1週間前のレースが叩きになって翌週からかなりキッチリ走れるようになった、というようなこともあります。ランナーのタイプにもよりますが、「調子が悪い時にはレースに出ない」と決めている方も、ちょっと試してみるといいかもしれませんね。

 ※ ※ ※

 

 いよいよ本格的なマラソンシーズン突入です。「来週レースがあるのですが何か速く走れるようになる秘策を教えてください。」こんなメールがちょくちょく来る季節でもあります。頼むから勘弁してちょうだいね…。

秘密の特訓や必殺技で短期間に速く走れるようになれるものなら誰でもとっくにやっています。Qちゃんが、あの笑顔の向こう側でどれだけの努力を続けて来たかは昨今のテレビの特番などで皆さんもよ〜くご存知のことでしょう。― 金メダルに王道なし。

そんなんで、この11・12月のマラソンに向けて…ということになると、ワンポイントアドバイスはできても、トレーニング方法というと少々間に合わないかも知れません。いや、間に合わないでしょう…。そういうことであれば1〜3月のマラソンってことになりますね。まずは年内に1本、それから一息
ついて21世紀1発目の1本、というように考えるのが普通でしょうか。

 普通じゃない、と言うわけではありませんが、僅かな年月でフルを100回走ったとか、1年に10本走ったとか、更には毎週フルに出てるという話も今では珍しくありません。そもそもヒトという生物が本来持ち得る能力の限界という観点からみると、42Km程度の距離を1回走ることがそれに当たるとい
うようなことは到底考えられません。まぁ、個別では、それよりも随分と手前でウンウン唸っている方もたくさんいらっしゃるとは思いますが…。そんなんで、年に10回とか、月に2回とか、3週間連続とかいう頻度でフルマラソンに出場することが、物理的・生理的に無理であるということではないのは明白
です。

 しかし、どうでしょう。そういうスタイルで「記録」という意味での自己の可能性を追求できるかかどうかと言うと、??…っていうところがあります。「いや、そういうのでも、ちゃんと自己ベストは定期的に更新してるぞ!」っていう方も確かにおられるでしょう。しかし、それが本当に自己の「ベスト」
なのかというと果たしてどうでしょうね。そういう中での「ベター」に過ぎないのではないかという気もします。

 もちろん、マラソンの取り組みに対するそのようなスタイルを全面的に否定するつもりは毛頭ありません。そういうことが楽しい、そういうのを目指しているというのであれば、それはそれで全然OKなわけです。そんでもって「自己ベター記録」にチャレンジしているのだという認識を持っているのならば尚
更OKです。

 ただ、中には、マラソンはそういうものだとか、それでも「自己ベスト」に挑んでいるのだと考えているランナーもいないでもないようです。結論から言うと「マラソンを走る楽しさ」と「最高記録を更新する喜び」とを天秤にかけた時にどっちを優先して取るのかという話になるのですが、第40号に至るこ
こまで綴ってきたのは後者のための長期的・段階的なトレーニング方法です。

 年に1・2回に絞ったマラソンできっちりと結果を出すのは勿論大変なことです。当日の気象状況とか、運・不運もありますし…。それでも「ベスト」=最高を目指すための取り組みというのはそういうものだということなんですね。
 決して下手な鉄砲を数打ってりゃイイってもんじゃないわけです。繰り返しますが、回数や連続を旨としているランナーの皆さんを否定しているわけではありません。それはそれで結構ですが、本当の「自己ベスト」を考えるのならば違いますよって話です。その意味での「マラソン」と「42Km走」との違い
というものをお分かりいただければなと思います。

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 ポルトガルのカルロス・ロペス選手は、世界最高記録とオリンピックの金メダルの両方を手に入れた80年代の名ランナーです。とは言え、その走りっぷりと言えば、勝つか、途中で止めるかのどちらかといった荒っぽいもので、先頭集団にいながら中間点で棄権してしまうようなことも。「何を考えているの
かわからない」「マラソンを舐めてる」といったような批判があったのも確かです。

「完走の美学」という言葉があります。勝ち負けもさることながら、なによりも完走することが重要であるということです。勝敗が他人との闘いならば、完走は自分自身との勝負。特に教育的な意味合いも強く込められていると思いますが、自分にすら勝てないヤツが他人に勝てるわけねーだろ!ってこともあり
ます。

 かなり観念的な部分もあり、日本では古典的な思想ですが、ロス五輪のアンデルセン選手やシドニーでの東ティモールの選手などの姿と、それを称える世界中の反応を見ると、完走することの意義や価値というのは、あながち日本独特のものでもないようです。

 この「完走の美学」という言葉には、「ただ完走すればいいってもんでもないだろ…」といった皮肉が込められて使われることの方が多いのも事実です。これは勿論、アスリートとして競技的な部分での勝ち負けを重視した言い分です。

 マラソンを1本走ることによるダメージがムチャクチャ大きいのは周知の通り。その準備期間の長さもあり、トップレベルになると年に1・2回が精一杯といったところ。こういう状況の中では、「勝てない・記録が出ない」と判断した時点で、無駄な消耗を避け、次ぎに備えるためにレースを打ち切るのが賢
明、というのがロペスの判断です。なるほど、一理はありますよね。

 このような考え方自体は必ずしもおかしなことではないと思うのですが、これを真似て、おかしなことになってる若いマラソンランナーが散見されるのが今の日本マラソン界の実情としてあります。端的に言うと「勝てない・記録が出ない」と判断するのが早過ぎて、諦めグセがついてしまっているということ
です。
 
 勝負所でキツくなってくると、「ああ、今回はもうダメだ…。またこの次ぎ頑張ればイイか…」って思ってしまう…。☆ところが、途中棄権なんてすると誰に何言われるかわかったもんじゃない…。☆ほんじゃ、取り敢えずゴールまで…。☆こんなことを何回も繰り返してるだけで全然進歩がない…。「ただ完
走すればいいってもんでもないだろ…」ってのは、こういう姿勢に対する批判です。別にトップレベルやマラソンでなくても、思い当たる方は多いんじゃないでしょうか?

 ロペスの途中棄権は勝負に対するかなり強い意志の現われであると言うことができます。しかし、一般的には、意志が弱いために途中棄権してしまうことや、ダラダラ完走するだけに終わってしまうことの方が圧倒的に多いのが現実でしょう。

 今回は精神論でした。決して根性論ではありません。また、あくまでも記録や勝負にこだわる競技志向の場合の話ですから悪しからず…。