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ATを知る

ATとは何か? ― ATの概念 ―

 ランニングで例えると、ゆっくりと走りはじめ、徐徐にスピード上げていくとします。はじめのうちは楽なのですが、あるスピードから突然苦しさが増していきます。
 楽なスピードでは、疲労物質である乳酸が蓄積されることはありません。しかし、あるスピードからは乳酸が蓄積され始めるため、それ以上のスピードで走るとどんどん苦しさが増し、走り続けることができなくなります。その境目をATと言っています。

 ATはAnanerobic Threshold の略で「無酸素性作業閾値」を意味します。楽なスピードは有酸素的な運動ですが、あるスピードを過ぎると無酸素的な運動に変わる、その変換点をATと言います。しかしその変換点はポイントではなく、閾値と言うだけあって“ゾーン”と考えられています。

 ATを測定する

 ATの測定には、いくつかの方法が考えられます。

 まずは乳酸から測定する「乳酸性作業閾値;Lactate Threshold;LT」があります。乳酸を測るには、トレッドミル(ベルトコンベア)の上を徐徐にスピードを上げて走ります。その速度毎に乳酸を採っていきます。あるいは距離のわかるトラックやロードで徐徐にスピードを上げながら走り、スピード毎に乳酸を取る方法が考えられます。スピードの上昇とともに血液中の乳酸濃度も上がるわけですが、おおむね2mmol/lで屈曲します。この地点をLTとしています。さらに4mmol/l付近で急激な屈曲があり、この地点をOBLAと言っています。LTを測るには測定機がなければなりません。乳酸は血液を採取することで行われ、指先や耳たぶから微量の血液をとります。

 次は呼吸から測定する「換気性作業閾値;Ventilation Threshold;VT」です。やはりトレッドミルを徐々に速度を上げながら走り、たえず呼気ガス(吸っている酸素とはいている二酸化炭素)採取します。酸素摂取量に対し二酸化炭素(または換気量)の急激な上昇が起こる地点がVTということになります。VTを測るには、トレッドミルや呼気ガス分析機がなければなりません。トラックやロードでも可能ですが、その場合は携帯型のガス分析機が必要となります。

 最後は心拍数から測定する「Harteate Threshold;HRT」です。これは心拍数を測れれば良いので、トレッドミルでもトラックやロードでも構いません。やはり徐徐にスピードを上げていき、それぞれのスピードでの心拍数を測定します。心拍数の屈曲点がHRTとなります。HRTは心拍数を測定するものがあれば良いので、時計型のもので可能となります。最も安価と言えます。

 それぞれの測定の課題は、LTではコンディションによって測定値が動き、HRTはLTやVTと一致せずそれらよりも高値なところで屈曲するということです。さらにHRTは屈曲点が現れにくく、経験的には1/2〜1/3くらいの割合で屈曲点がわからないという印象があります。もし、きちんとした測定(大学や研究所、機械のそろったスポーツセンター…)ができるのであれば、LTを一つの速度に時間をかけて測定したり、VTを測定することがよいと思います。そうした機会がなければ、HRTが一番いいでしょう。

 

 ATペースならいつまでも走れるか?

 VTで考えると、二酸化炭素の急激な上昇が無いわけですから、ATは息が上がらない状態と言えるのです。ですから、理論的にはいつまでも走り続けることができるわけです

 しかし、とくに運動していない一般の人でもATは全力の50〜60%、トレーニングしているランナーなら70%以上、一流選手になると90%前後となります。レベルが高くなればなるほどATは高くなります。ATが高くなると、筋肉の活動量も増え、それにともなうエネルギーも必要となります。100km以上のウルトラマラソンはAT以下で走っているのですが、エネルギーの枯渇や筋肉のダメージから棄権するランナーもいます。いつまでも、と言いながらやはり限界はあるのです。

 

 ATを上手に活用する

 トレーニングの中で、特に走り込みの時期などはATペースでの走り込みが有効とであると言えます。走り込みの時期でなくても、距離や時間の長いトレーニングでは利用する価値があるでしょう。LTやVTがわかるのであれば、その時の心拍数で走ると効果的だと思います。HRTであれば、LTやVTよりも高いところに屈曲点がくるので、ロードの速い持続走やトラックでの速いペース走などに利用するとよいでしょう。

 ATは閾値です。したがって、測定したATよりも5〜10%程度低い心拍数で行うとトレーニングの失敗がなくなります。またATでトレーニングしていれば、トレーニング効果としてATそのものも上がります。

 ATをどんな方法で測定したのか、そして再現性(何回測っても同じ値なのか)があるのか、などを考えると、何回も測定することが必要かも知れません。しかし、一般のランナーだとそうそう測定することもできないと思います。1年に数回でもいいから測定し、コンディションのチェックやトレーニング効果の確認に活用するのもよいでしょう。

  ATの見つけ方(算出方法)です。走速度に対し乳酸ををグラフにする(LT)、酸素摂取量に対し二酸化炭素(あるいは換気量)をグラフにする(VT)、走速度に対し心拍数をグラフにする(HRT)、というそれぞれの方法で求めます。もし、3つを同じグラフに書いたとします。おそらく走速度に対し、LT、VT、HRTがどこで曲がったかを記すことになります。一致していればそれに越したことはありませんが、おそらくずれていることでしょう。しかし、ATとは“無酸素生作業閾値”であり、まさにその閾値(ゾーン)がわかるわけです。

 

 

 LT、VT、HRTのポイントがずれてしまうことについて

 LTとVTが必ず一致するのか、あるいは一致しないのかについては未だ明確な解答がでていないのが現状です。LTにしろVTにしろ、それぞれを支持する研究グループの言い分はいづれも納得できるもので、ここに矛盾が生じてしまいます。

 ペースの遅い有酸素的なランニングの場合、エネルギーは脂肪と言えます。しかし、100%脂肪が燃焼されているわけではなく、グリコーゲン(炭水化物)も使われています。グリコーゲンが使われると、副産物として乳酸が生成されます。この乳酸を除去するのに酸素が必要となります。走るペースが上がり、乳酸の除去に酸素の供給が追いつかなくなると乳酸が蓄積され始めます。まさにこのポイントがLTということになります。この蓄積され始めた乳酸が呼吸中枢を刺激して換気量を高くします。なぜ換気量を多くするするかというと、蓄積され始めた乳酸を除去しようと必死に酸素を吸うことになります。また、除去するときの副産物として二酸化炭素が排出されるのですが、これが換気量の増加と呼吸中枢の刺激を高めてしまうわけです。こうして考えると、LTとVTのずれはそれほど大きくはないと言えるかも知れません(LTとVTの機序を研究している者には、大変なずれですが…)。

 では、LTがベストか、ということになります。しかし、筋が無酸素の状態にならなくても乳酸を生成することがあり、ましてや走度を短時間に段階的に上げていく方法が必ずしもよいとは言えません。もし、段階的に上げていく(負荷漸増法と言います)方法の場合、LTよりはVTの方がよいのではないかと思います。

 そこで、“最大乳酸定常”を説明します。これは、トレッドミルなどを使い速度を序序に上げて乳酸を観察するのではなく、一定速度の時間を長くし乳酸を何回か採りながら、速度を段階的に上げていく方法で調べます。そうすると、ある一定速度の時には乳酸が増加しなかったのに対し、それ以上の速度ではどんどん乳酸が増加してしまう速度がみつかります。つまり乳酸が上がらなかった速度が最大乳酸定常となるわけです。この方法がもっともATの概念に近いものと考えられ、支持する研究者も多いと思います。しかし、この最大乳酸定常を測定するのにも欠点があります。採血を多くしなければならいこと、時間がかかること、時間がかかることによる疲労がおこること、それを含めた手間がかかることなどです。

 HRTはどうでしょうか。これは1982年にイタリアの科学者から提案された方法で、学者の名前をとってconconi(コンコニ)法などと言われています。心拍数の測れる時計があれば測定が可能です。心拍数を測れる測定機がなくても、やってやれなくはありません。たとえば、400mのトラックだと200m毎に速度を上げていきます。最初は2分から2分30秒くらいのゆっくりした速度からはじめ、心拍数を測る時計があればそのまま走り通し、なければ200m毎に止まり10秒間の脈拍を測ります。速度を序序に上げていき、それをグラフにしてみると屈曲点がみつかります。しかし、必ず屈曲点が現れるものではありません。HRTの測定を試み屈曲点がみつからなかれば、何回か測定してみるべきです。HRTの欠点として、なぜ屈曲点が現れたりそうでなかったりするのか、は明らかな理由はまだ判っていません。屈曲点が現れても、それが最大(限界)に近い走速度であったりすることも多く、解明されていない点も多いのが現状でしょう。

 そうはいっても、もっとも手軽で予算も少なくてすむのはHRTです。残念なことにHRTの研究をしているグループが少ないので、トレーニングにどう活かすかまでの方法がわかりません。たとえば、LTやVTは持続走に、OBLAはトラックの速いペース走に、そしてHRTはインターバルの目安に…などいうような指針ができればよいのですが。

 

 ATトレーニング

 LTやVTよりもHRTが遅く出現するとすれば、それは、かなり強度が高いということになります。先に述べたようにHRTについてはいろいろと疑問が多くあります。そこで確実に言えることは、「LTやVTが測れるならば、その時の心拍数でトレーニング」すべきであるということです。計画性をもって、それなりのレベルにある選手であればトレーニング期(走り込み期なのか、スピード練習期なのか)や体調によってLTやVTそのものの数値が変化することが考えられます。したがって、LTやVTそのものの走速度ではなく、その時の心拍数を使うことが有効になると考えるからです。

 グループでトレーニングしていたり指導者がいる選手ならLTやVTで分けたグループトレーニングをしたりしているかも知れません。そのような環境の選手なら話はまた違いますが、一人でトレーニングすることの多い選手ならば心拍数を使うのはよい方法でしょう。

 

 ATを向上させることについて

 そもそもATは有酸素的な代謝(運動)と無酸素的な代謝(運動)の境目です。AT以下の運動だと、代謝は有酸素ですから楽なはずです。同じタイムで走る選手でもATのレベルは異なります。

 たとえば同じチームの選手が、有酸素的な持続走で走り込みをしようとトレーニングしても、一人は有酸素的で楽だったけれどもう一人は無酸素的疲労がたまってしまうことも考えられます。そこでATを利用するわけです。ATは有酸素運動と無酸素運動の境目ですから、疲労が残らないぎりぎりのトレーニング強度です。そうしたことから、ATによるトレーニングは疲労が少なく、効率的に持久力をつけることができます。さらに、有酸素運動と無酸素運動という代謝の境目でトレーニングすることにより、そのレベルでの持久力がついていきます。それにより、ATが全力の70%であったものが80%に上がったりとというようにATレベルは向上するのです。

 

 最後に

 ATとは概念であって、それを知るすべがLTでありVTでありHRTなのです。したがって、LT、VT、HRTはそれぞれ分けて考えるべきと思います。ATについて、HRTが出たりでなかったりとか、OBLAはなぜ4mmol/lか(これは経験的にこの数値とされています)など、すべてが明らかとは言い難いのが現状です。ただし、どんな方法(乳酸でも換気でも心拍数でも何でも構わない)でも知ることができればそれは得だし、またそれをトレーニングに利用しない手はありません。

 走り込みの時期のトレーニングや、トラックでもペース走などに応用していけばよいと思います。マラソンのための持続走であれば、30〜40Kmくらいの距離を乳酸でいう2mmol/lで走ったり、トラックでのトレーニングであれば4mmol/lのペース走を6000〜8000mくらい行ったりというように…。

 ATレベルでのトレーニングで、LTにしてもVTにしてもHRTにしても向上することでしょう。おそらく測定やトレーニングしていくと、「ここがATかな?」というスピードがわかってくると思います。からだの中でわずかながら苦しくなるポイントがあるはずです。これは、走らない人やトレーニングレベルの低いランナーにはなかなかわからないかも知れません。ATを知ることは、トレーニングのバリエーションを広げることになりますが、ATの数値そのものにこだわらず、自分のからだとの対話を大事にすることが必要と思います。

 

 


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